マテウスの始発駅
あきらかに天使の種なる大人たちの唄う酒場に咲くアスフォデル
まなざしがやさしいだけで嫌われるおとうとたちのナハトムジーク
爪たてて窓の氷をかき寄せるグラスノスチも死語となる朝
西独逸人と呼ばわれ過ぎにけり壁立つ街をふるさととして
おみやげに壁のかけらが売られおりカナンと聞きて来たる街角
もういいよやめてもいいよこわされた壁のかけらを積みあげる子よ
壁がほしい壁がほしいと落ちながらだれもが唖の男郎花
夜を重ね価値を失うマルク貨に綿雪ふれば裸の少女
まぼろしの雪はらいつつあえなくもマッチを売るはわれならざるや
おそらくは同じ街並同じ歌けれどアリスはどこに消えたの
もう二度と会うことはないそれだけの通行人を演じ終りぬ
喧噪に熱した瞳冷やすべく真夜中過ぎのスピカを探す
軍犬として訓練を重ねたるシェパード革命後すぐに狂いぬ
「明日スキン・ヘッドになる」と嫌そうに倉庫から出たネオ・ナチの子
幼き日パンを分け合いたることもありしがトルコ人を今日刺す
水の中の魚の中に揺れるもの男が見せるヴァージン・フェイス
簡単に嘘をつきうる淋しさに回る木馬のまばたかぬ瞳
遠ざかる背に降りかかる粉雪のヒトラー役のヒトラーなりき
古道具屋のナチスのバッヂ買うために開けてはならぬ扉をひらく
信号の青に流れる曲ながら雨の中にてシュトラウス冷ゆ
許されて生きおりしかのわたくしはだれの遺失か青いピアノ庫
囚われの声で四月の歌を和す広口壜の中のアリスと
白線で西と東を分かちたりもどり橋と呼ぶ橋の真ん中
はじめての東ベルリンやさしければ憎まれる子よ雨が冷たい
明日知らぬ睫毛の影の濃き人の空を見るとき目を閉じる癖
砲身に休める蜂も出立す東独逸に東はあるか
戦争がはじまるらしい 食堂で一マルク差のランチに迷う
カンパニュラの花打つドミソ雨粒が独逸の頬を濡らす夕立ち
時計台の長く止まったままの時計 今夜はじめて咲いた水仙
おとうとは壁と一緒に消えてったとてもやさしいおとうとだった
知らぬ間に春の女神が駆け抜けてその足跡にすみれ咲きたり