2010年1月22日 (金)

ニューヨークの唇



月を追う途中の子どもにあいさつをさよならみたいに青いハローを



メリーゴーラウンド過酷な豊かさに目ひらきてまた回りくる馬



霧吹きで虹を作った九月から空を見ようとしない人のため



頬をつたうイルカの群がすきとおり明日の海の音階になる



海を吹き樫の木を吹き風は来たツーストライクののちのホームへ



打者走者一塁空過スタジアムにテロの予感の冴えざえとして



かなしみも改札口を出るときは勤め人の顔を装っている



何度でもぼくの強さを信じ直すニューヨークのニューヨークのビルの幽霊



時計工の指さき涼し世の終わりを鳴きわたる鳥の止まり木に似て



今日ひと日笑わなかったおじいさんが夜空に「ぼく」と吐く白い息



やさしさの陽はふりそそぐ青空をくちうつしにて運ぶわれらに



いまどこの青にふれてるぱれいどをおえてはなした白いふうせん



ゆく空と大西洋の中ほどにビルが二人でまだ生きている



デスクから顔をあげてね 銀色の 飛行機が 淋しがるのでよろしく



卵と卵をぶつけると片方だけ割れる片方だけ割れる



2010年2月12日 (金)

中国の不思議な役人



降る花をまとう薄暮の腕もてイエスを抱けば若き心拍



獺祭図 惨には遠い惨もあり水際狩られし王子の半裸



鯉の朱も眼裏に疾しおとうとは旅人算の甲に似ていた



いっせいに孔雀の群が羽根ひろげる贋の銀貨が積もる広場に



古い詩がふとよみがえる紫の唇の麻酔が醒める夕暮れ



灯台の異国母国の点滅に海霧より深し言葉の夜は



香わしく錆びる戦車も年々に無国籍化をたどる半島



配達夫の草色帽の赤とんぼ古地図に見入るごとき複眼



葉が落ちてわたしは気づく安穏から逃げられたのにとどまったこと



少年の手に手を重ねふたしかな明日の十指で握る秋砂



『砂糖菓子、あの砂糖菓子はどこから降るの。』

『時計台。時計台から。』



卵るりきろのこらみるわれざればさりてそれからわれあるる雛



音叉庫の一律の闇をさまよえり父がなくした母音さがして



象の歩み見て来し涙青かりけりいつ盗人にとられるひかり



貨物船に虹積む積み荷職人の太き声する朝の波止場に



過呼吸の影こそ見えね陽炎を立てて間近に息づく天使



もう海を捨てた人魚の顔をして真冬の雨に濡れるおとうと



百匹の群を離れた一匹の羊の上にツェッペリン号



かげろうの羽ばたきとおなじ速度もてくちつけす狩猟禁止区域で



ひまわりの梯子のはしごのいただきのお日さまあわれ夜を持たない



陰茎の月をめざすをみどりなす少年あわれ夜を待てずに



この丘に立てば廃墟となるまでの一瞬は見ゆあきつは流れ



十字架を背負う十字架言葉とはその足跡が消える砂浜



2010年3月24日 (水)

クライ マイ ガール  HIROSAKI  1990



ステイ オン タブ引きながら外人に長勝寺への道を教える



ヴィアノヴァで返すポケベル電波とはせつないくらい目に視えたもの



しあわせを売ってくださるはずでした代官町のとある雑貨屋



この星は止まる他人の顔をして黄昏橋を君が渡れば



ロビンソン、この詩はなに?と問うたのは伯父が愛してやまない鸚鵡



家々の夕べの窓に青みさすテレビジョンそうテレビジョン



団欒をぬけたひとりの少女なり本体はまだ団欒の中



複雑な気持ちで君を見送れどバス停の名はただの「梨の木」



                          とっこ

思い出すこともあらんか茜さす独狐の坂で犬ふりかえる



彼はもういないと告げるわたしから紙漉町を過ぎるわたしへ



月は高く自動販売機は低くデネガ通りに缶落ちる音



紺屋町今夜三日月☽ホ短調たたんで休む合歓の幼な葉



おいのもり

狼森きのうは何に泣いたのか思い出せないまた嵐きて



蛇が棲むひとつひとつの石垣に口をとざして歌う月光



祖父が生前手帳に大事にはさみしは劇団員の募集広告



わたしこそ不在はるかな平野から鳥を弔う煙があがる



おばあちゃんにはありがとうと言うくせがある話しかけてもうすぼんやりしてるのに



                                           ないじょうし

どんな子がきっと私に似てる子が撫でていたのだろう撫牛子



月下では青きをまとう陽下にて麦の穂波をすすむ胸部は



お天気で紺屋町にははらひらと洗濯物が干してあるな



なまこは海なめこは山しんしんと夏になったら海に行かねば



五丁目のラーメン屋のおやじのように無愛想に時間は過ぎる



泣くことは明日の仕事スーパーの籠に投げ込むポテトチップス



手放したあとに追伸を思いつくけれどもすでに高い風船



『キャプテン』のイガラシがはじめてマウンドにあがった姿みたいな 虹



葉を落とし冬がまえする森の木もみなパサジェルカわれと呼吸す




2010年4月 2日 (金)

タネリ座流星群飛行録補遺



男の子たちはときどき思い出す過ぎた夜汽車の窓の人影



高原のバス停留所も霧が晴れ母とふたりで待つラピュタゆき



野尻屋にモヂリアニから伝書鳩 『満月ノ宵 燗ヲシテ待テ』



こわさないように流星群を守ってきた。こころはいつもあたらしい。



病む人のゴブラン織りの膝掛けに読みさしのまま夜明けのカフカ



遠い闇近い街並み敷く窓の六本木ヒルズでめくる和歌集



バスが止まりひとりが降りる海の町 半世紀前ここで生きていたっけ



洗剤もて夫が浄めるディスプレイにあはれ虹たち詩歌へ架かる



通り過ぎる見慣れたアリスいえいまは老いたアリスとトランプの兵



しあわせはしあわせなのは残されたわたしがみんなを忘れないこと



2010年5月19日 (水)

マテウスの始発駅 



あきらかに天使の種なる大人たちの唄う酒場に咲くアスフォデル



まなざしがやさしいだけで嫌われるおとうとたちのナハトムジーク



爪たてて窓の氷をかき寄せるグラスノスチも死語となる朝



西独逸人と呼ばわれ過ぎにけり壁立つ街をふるさととして



おみやげに壁のかけらが売られおりカナンと聞きて来たる街角



もういいよやめてもいいよこわされた壁のかけらを積みあげる子よ



壁がほしい壁がほしいと落ちながらだれもが唖の男郎花



夜を重ね価値を失うマルク貨に綿雪ふれば裸の少女



まぼろしの雪はらいつつあえなくもマッチを売るはわれならざるや



おそらくは同じ街並同じ歌けれどアリスはどこに消えたの



もう二度と会うことはないそれだけの通行人を演じ終りぬ



喧噪に熱した瞳冷やすべく真夜中過ぎのスピカを探す



軍犬として訓練を重ねたるシェパード革命後すぐに狂いぬ



「明日スキン・ヘッドになる」と嫌そうに倉庫から出たネオ・ナチの子



幼き日パンを分け合いたることもありしがトルコ人を今日刺す



水の中の魚の中に揺れるもの男が見せるヴァージン・フェイス



簡単に嘘をつきうる淋しさに回る木馬のまばたかぬ瞳



遠ざかる背に降りかかる粉雪のヒトラー役のヒトラーなりき



古道具屋のナチスのバッヂ買うために開けてはならぬ扉をひらく



信号の青に流れる曲ながら雨の中にてシュトラウス冷ゆ



許されて生きおりしかのわたくしはだれの遺失か青いピアノ庫



囚われの声で四月の歌を和す広口壜の中のアリスと



白線で西と東を分かちたりもどり橋と呼ぶ橋の真ん中



はじめての東ベルリンやさしければ憎まれる子よ雨が冷たい



明日知らぬ睫毛の影の濃き人の空を見るとき目を閉じる癖



砲身に休める蜂も出立す東独逸に東はあるか



戦争がはじまるらしい 食堂で一マルク差のランチに迷う



カンパニュラの花打つドミソ雨粒が独逸の頬を濡らす夕立ち



時計台の長く止まったままの時計 今夜はじめて咲いた水仙



おとうとは壁と一緒に消えてったとてもやさしいおとうとだった



知らぬ間に春の女神が駆け抜けてその足跡にすみれ咲きたり




2010年5月26日 (水)

オール ニーディズ ラブ   伊丹イタリア 




愛されても愛されてもだめなのか

愛されても愛されてもまだか

愛されても愛されてももっとなのか


さっきおかわりして
またすぐおかわりかっ
もう結構ですの一言ないか
いいんですのよ、わたくしはって言えないか
そ、そんな
わたくしはあなたの愛に値しないてんてんてんていう台詞ないか な
あれかむしろ
むしろ愛がいやなのか
愛は恥ずかしいか
愛されることは苦痛ですか
愛は重荷なのかよおーお


愛されても愛されても我慢ならないか
積まれても積まれてもさらに高くか
もう積まないでくださいとゆわれないか
全身うずもれて求めるか

かぎりなき愛か

もっと
しみじみ生きろよ
おまえら

2010年6月 1日 (火)

ツインズ ~よく晴れた日    伊丹イタリア

(青森の詩人たち    その十二 小山内弘海) 





ろみちゃんは
言葉を省略したり
短く言ったりしない
冬のソナタを
冬のソナタと言ったり
世界の中心で愛を叫ぶを
世界の中心で愛を叫ぶと言ったり
ぜんぜん大丈夫を
ぜんぜん問題なく大丈夫
なあんて言ったりする
ていねいなんだね


時間がたつのはうれしいものです
人生はあっというまに長い


ろみちゃんがミネソタに引っ越しするというので
お見送りに行きました
荷物を積んだ車の窓から
うつむいて座っているろみちゃんが見えました
元気でねえーと笑うと
ろみちゃんはうつむいたまま
「さい‥」
とだけ答えました

ほんとはさいならって
言いたかったんだよね
めずらしいね
短く言うなんて


山のような荷物を積んだ車が
どんどん小さくなるまで
ぼくたちは手をふって送りました

2010年6月 6日 (日)

俳句 

(青森の詩人たち    その十四 太田幸司)



ひぐらしや  一番  キャッチャー  小比類巻



2010年10月24日 (日)

12のコルシカ島の歌



蓬莱泰三に捧ぐ



音叉庫にギリシア銅貨の墜ちる音わが鎖骨さえ共鳴りのする



マクダウエル鳥なき空の高みから洗礼式に降下する羽根



あかときの霧たつ森に発せられる鳥類の令『パパゲーノ狩れ』



唇と唇はなれてのちも止まざりし錨泊船のホ音の汽笛



月の蝕なかばをすぎぬ神の蝕はどこをすぎるやあどけなき漁夫



芽生えとは弱く追うこと牧神をケルビン度数の高い空まで



血と風がまじわる瞳にさわるのはかもめが連れてきた共和国



欠けた貝手にぬくめれば一世百世宝探しに行かなくていい



着岸のあてなき航路いつの日も無数の海に一隻の船



ザムザこそ詩人の鑑胴乱に蝶入れたまま行くピクニック



鐘の音の疲れてとどく 半球に戦争がまだ生きている午



かなしみにほほえむべけれ いちい樹をチェスの駒へと彫りあげる秋




2011年6月22日 (水)

ベンジャミン ントバ   



なつかしい場所に生まれた淋しさに淋しさを剰する青アカンサス



あやす人にぼくの気持ちはとどかないおなかがすいているすいている



ぼくたちのあたまのうえをからすゆくママの個性をわらうことなく



手をつなぐうべなうように道があるひびわれながらつづく大地に



いなくなった子がいた場所あれはなんの鳥だろうまた来た



半濁音が浮かぶ夜空か半濁音の中の地球かぷよぷよする



水族館宇宙からきた淋しさがジンベイザメの下に息づく



ああまただ過ちなのに呼んでいる水族館にいないかもめを



ひとりはいる塊として群れながらはぐれつづけるファラウェルの魚



教室の窓から見える青空が夜空にかわる夜のフライイング



犬がかけまわるぼくさえいなければ宇宙は正しい法則の中



子供らといっしょに遊ぶのが上手ぼくより少し大人なのかも



おちている海かとおもうあおむけの君がまぶたをひらいた瞳



部屋中に君が飾る写真は夜空になれない夕焼け空ばかり



くちびるを読むでも読まなかったふりをする電車は加速して消えた



秋摘みの果実のようなくちびるがさよなら系の銀河を告げる



右手から落つ鉄道の図書室の詩歌の棚のディラン・トマスは



鼻をかむのを途中でとめる流れてきた歌の言葉をたしかめるため



木立ちから青年さらいがあらわれるわが青年をさらう素の手が



人はなぜ泣くのだろうかコーカサス理由は森羅万象ぜんぶ



指先から弟を埋める砂粒が足りない果てしない砂漠でも



弟を埋めるむしろわたしを埋める弟が消えるむしろわたしが消える



馬車は運ぶ死者と死の使者御者も死者獅子の模様の使者の死の私書

2011年9月13日 (火)

短歌 ラストページ



被曝死者カウントされずふえてゆくゼロという名にまたゼロを足せ

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